2020-10

バドミントンニュース

パラバド里見紗李奈2冠宣言「最初の女王になる」

パラバド里見紗李奈2冠宣言「最初の女王になる」

パラバドミントン女子WH1(車いす)クラスの里見紗李奈(22=NTT都市開発)が、世界へ向けて東京パラリンピックでの2冠を宣言した。来年8月24日の開幕まで300日を切ったタイミングで、国際パラリンピック委員会の公式サイトに「サリナ・サトミは初代クイーンになろうとしている」というタイトルの英文記事が掲載された。

【写真】19年12月、連覇を飾り喜ぶ里見紗李奈と山崎悠麻

記事は里見のプロフィルを詳細に紹介。高校(千葉・千城台高)3年春の交通事故で脊髄に損傷を負って両脚に障がいが残り、その1年後の17年春に千葉県内のクラブチームで競技を始めたこと。中学時代にバドミントンの経験はあるものの、当初は車いすの操作に苦労して、あくまでリハビリ、趣味としてプレーするつもりだったことなどに触れている。

しかし、1年もたたないうちに日本選手権で決勝の舞台を踏むなど急成長。18年にはWH2(車いす)のエース山崎悠麻(32=NTT都市開発)のダブルスパートナーとしても国際大会に出場するようになり、自覚も芽生えた。

「悠麻さんと金メダルを取るには、私も強くならないといけない」とシングルスにもより力を注ぐようになり、19年には世界選手権を制覇。現在はシングルス、ダブルスとも世界ランキング1位に君臨する。さらに山崎とのダブルスで2人が自在にポジションを入れ替える、世界的にも珍しいローテーションシステムを生み出したこともにもスポットが当てられた。

「以前は車いすに乗っている姿も友人に見られるのが嫌だった。パラバドミントンに出会わなければ、私はずっと家に中に閉じこもっていたと思う」と里見は東京パラリンピックの新規採用競技に感謝。そして「私は2つの金メダルを取って最初の女王になりたい。日本で開かれる大会で、この競技を多くの人々に知ってもらいたいし、知人たちに感動し、興奮してもらえる試合ができるよう頑張りたい」と決意を明かしている。

バドミントンニュース

「五輪が延期になってよかった」更なる進化を見せる奥原希望の決意

「五輪が延期になってよかった」更なる進化を見せる奥原希望の決意

2016年リオ五輪でメダルを獲得し、2017年世界選手権でも金メダルを獲得。次々に日本初を打ち立てる、女子バドミントン界期待の星、奥原希望選手。このコロナ禍でもYouTubeやSNSなどでも積極的に発信を続け、競技外でも日々存在感を強めている。そんな彼女が、各地への遠征再開を前に、コロナ禍での活動の振り返りと、競技面での近況、そして五輪に向けての意気込みについて語った。(取材・文=VICTORY編集部、写真=ベースボール・マガジン社)

「もっと変えていこうとする力があれば、変えられるものも多い」

―奥原選手は、YouTubeやSNSなどで、積極的に情報発信をされていると思うのですが、そういった活動を始めようと思われたきっかけはありますか?

奥原:元々、ヨーロッパの選手が試合後に、写真と共に試合の感想を書いているのを見て、それを真似しようと思ってはじめました。自分の反省にも役立ちますし、直接ファンにメッセージを届けられるっていうこともありますし。最初は日本語だけでやっていたんですけど、海外のファンもいらっしゃるので、是非英語でも書いて欲しいと言われて、日本語と英語で書くようになっていきました。そんな中で、投稿するのが当たり前になっていたんですが、コロナ禍で試合がない中で、何を伝えればいいんだろうっていうのは考えていました。

―そのコロナ禍でも継続して発信をされていましたよね。

奥原:応援してくださるファンの方たちのために、何かできないだろうかと考えて。毎日私の投稿を見て、少しでも元気になってもらえたらいいなと思って、投稿していました。それでも自粛期間は、怠けようと思えば怠けられる時間で。オリンピックもどうなるかわからないし、私にとっても葛藤があったんですけど、日記みたいに投稿していくことで、自分も何かをやる活力にもなりましたし、皆さんにとっても活力になればいいなという思いで発信し続けていました。

「もっとエンターテインメント要素を大きくしていかないと」バドミントン界への提言

「もっとエンターテインメント要素を大きくしていかないと」―バドミントン界の中ではあまり例のない「プロ」として活動されていますが、実業団所属のときとの違いはありますか?

奥原:私としてはプロだからできる、できないって思われたくなくて、バドミントンのトップ選手みんなに、良い方向へ向かおうって思ってもらいたいですね。現状維持じゃなくて、もっと変えていこうとする力があれば、変えられるものも多いので、みんなの力を借りながらやっていきたいと思っています。

―そんな中で、奥原選手が感じられる、日本のバドミントン界の課題はどのあたりにあるとお考えですか?

奥原:もっとエンターテインメント要素を大きくしていかないと、直接お客さんが会場に観に行きたいとは思わないんじゃないかなと。スポーツの迫力を感じるために、会場へ観に行こうと思ってもらえるようにしたいですね。競技人口自体は多いんですが、「観戦人口」っていうのを、もっと増やしていかなければならないと思っています。私たちとしても、リモート応援より、直接声援を受けた方が嬉しいので。特にインドネシアの会場は声援がすごくて、シャトルを打つ音とかも聞こえないですけど、お客さんが楽しんでいる雰囲気もすごく伝わってきます。シャトルを打つ音が聞こえないっていう、プレーに向いた環境とは言えない状況なんですが、それでもバドミントン選手はみんなインドネシアでプレーしたいって言いますね。

―そんなに観客の皆様の力は大きいんですね。

奥原:観客の皆様がどれだけ楽しんでいるかが。私たちのモチベーションにもなるので、日本のスポーツ全体の観戦においても、盛り上がっていって欲しいですね。選手たちがバドミントンに限らず、他のスポーツでも世界トップで活躍することが多い中、せっかく身近でこんなに大きなイベントがあるのに、それを十分に楽しめていないというか。終わってからその大会を知ったとかであれば、本当にもったいないと思いますし、日常生活の一部にスポーツがあってほしいなって思います。

―スポーツ観戦人口を増やしていくためには、どのようなことが必要だとお考えですか?

奥原:会場に行くまでのハードルをなくしていくこと、そして会場に行くまでの労力を使ってまで、見に行きたいと思えるエンタメを作っていかないといけないと思います。ただ試合を観るだけだと、リモートでいいかなって思ってしまうので、試合以外の部分でも積極的に取り組んでいかなければならないと思います。飲食だったり、それこそ飲酒も認めて、体育館の中で販売するとか。そういう施策でどんどん、スポーツ観戦をエンタメ化していくことが必要かなと。次ページは:五輪延期は「しょうがない」

1
/2ページ
バドミントンニュース

「Simple is the best」 道を究める弓道家が高校生に伝えたアドバイス

「Simple is the best」 道を究める弓道家が高校生に伝えたアドバイス

 弓道・教士八段で第43回全日本弓道選手権大会の覇者でもある増渕敦人さんが、10月24日に配信された「オンラインエール授業」に登場した。「インハイ.tv」と全国高体連が「明日へのエールプロジェクト」の一環として展開するこの企画。増渕さんはインターハイ中止という経験から前を向く全国の高校弓道部を対象に授業を行い、「Simple is the best」の精神で、自然体かつ基本に忠実であることの大切さを説いた。

 増渕さんが登場した「オンラインエール授業」はインターハイ実施30競技の部活に励む高校生をトップ選手らが激励し、「いまとこれから」を話し合おうという企画。ボクシングの村田諒太、バドミントンの福島由紀と廣田彩花、バレーボールの大山加奈さん、サッカーの仲川輝人、佐々木則夫さんら、現役、OBのアスリートが各部活の生徒たちを対象に講師を務めてきた。

 第36回の講師は、弓道家の増渕敦人さん。1992年、第43回全日本弓道選手権大会で史上最年少となる29歳で優勝を果たした増渕さんは、2010年には第1回世界弓道大会に日本代表として出場。地元・栃木県で高校教師を務めながら、弓の道を究めると鍛錬を続けると同時に、生徒たちに弓を引く楽しさを伝えている。また、著書やDVDなどを通じて自身の経験や知識を共有し、広く弓道の普及活動に努めてきた。

 現在は栃木県立小山北桜高校で教頭を務める増渕さんが弓道を始めたのは、中学2年生の頃。弓道が盛んな栃木県では、現在も30校を超える中学に弓道部があるという。

 鹿沼高校ではインターハイに出場。また、「3年生の時(1980年)に栃木で初めて国体が開催されるということで、絶対に県代表になるんだ、と“部活動命”という気持ちで毎日練習に励んでいました」と振り返る。その努力が実を結び、県代表として国体に出場すると、近的2位、遠的4位の好成績を飾った。

 大学時代には全日本学生弓道選手権大会で優勝を飾るなど、常に世代のトップを歩み続け、現在は教士八段を持つ増渕さんだが、大きなターニングポイントとなったのは「高校1年生の時でした」と明かす。

「自分は弓道経験者だということで、高校入学時にはすでに初段を持っていました。その夏、3年生の先輩方がインターハイに出場するということで一生懸命練習をしていたところに、たまたまいらしたOBの方が調子の悪い3年生を指導し始めたんです。

 その時に私も一緒に練習をしていまして、1年生でしたが的中は5割くらいあったと思います。するとOBの方が私の方を指差して『あいつを見ろ。あんなに下手くそだけど、毎回同じように引くから当たるんだよ』と仰有ったんですね。OBの方は3年生を励まそうと、そういう言い方をしたのだと思いますが、下手と言われた自分はカッとしてしまいました」

 だが、少し時間を置いて考えてみると「周りから見て下手と言われるものは、下手なんです」と増渕さん。これをきっかけに「弓道教本を読んで、上手くて的に当たる人になろうと決めました」と、的中だけではなく基本に忠実であることを決意したという。

 先輩の何気ない一言がターニングポイントとなり、弓道家としてはもちろん、指導者としても日本屈指の存在となる成長に繋がった。今の高校生たちにとっても、日常の一コマの中に飛躍や成長のきっかけが転がっているのかもしれない。次ページは:「いろいろやってみて結局、余計なことはしない。これが一番いいんだな、という結論に達した」

1
/3ページ
バドミントンニュース

<Passion>教え子との「同時金メダル」を目指し奮闘 パラバドミントン・村山浩

引用元:毎日新聞 東京パラリンピックで正式競技に採用されたバドミントン。車いすクラスの実力者、村山浩(46)=SMBCグリーンサービス=は指導者としての顔も持つ。目標は、28日で開幕300日前となる本番で、「娘」との同時金メダルだ。【真下信幸】 競技体験会で初めて打ったシャトルの勢いを見て、「絶対に強くなる」と直感した女子選手がいる。2019年世界選手権の女子車いすWH1クラスを制した里見紗李奈(22)=NTT都市開発=だ。17年の体験会で、その日のうちに「パラリンピックを目指せる」「一緒に国際大会...
バドミントンニュース

女子ラグビー大竹風美子の異例決断、プロ選手で活動

女子ラグビー大竹風美子の異例決断、プロ選手で活動

東京オリンピック(五輪)7人制ラグビー女子日本代表を目指す、女子ラグビーの大竹風美子(ふみこ、21=日体大)が30日までに、マネジメント会社「UDN SPORTS」とマネジメント契約を締結した。大学卒業予定の来春以降、日本女子ラグビー界では異例のプロ選手として活動する。

新型コロナウイルス感染拡大の影響で東京五輪の延期が決まり、自粛期間中に大竹は大きな決断を下した。

「コロナの影響で『当たり前が当たり前でないこと』に気づいた。一度は企業に就職してラグビーをすることを考えたが、より一層競技に集中したいと思った。プロ選手としてアスリートの価値を高めながら、女子ラグビーを普及させるためにチャレンジしたい」

国内の女子ラグビーは、プロ選手と社員選手が混在する男子とは異なり、代表クラスであっても企業で働きながら競技に取り組んでいるのが現状だ。大竹は19年W杯日本大会で8強入りした日本代表の活躍や、SH田中史朗らのラグビー普及活動を目の当たりにして気持ちが変化。ラグビーを通じて「競技普及や社会貢献もしたい」と考えるようになった。

日本オリンピック委員会(JOC)の就職支援制度「アスナビ」に登録していたが、今年5月にプロ選手になる意志を固めて登録を解除。中学時代から親交があり、陸上男子100メートルで9秒97の日本記録を持つサニブラウン・ハキームらが所属する「UDN SPORTS」とマネジメント契約を結ぶことを決めた。同社は、サッカー元日本代表の香川真司やバドミントン男子代表の桃田賢斗ら多数のアスリートが所属し、社会貢献活動にも尽力していることで知られている。

ナイジェリア人の父と日本人の母を持ち、中学時代は陸上の短距離選手として活躍した。ケンブリッジ飛鳥の母校でもある東京・東京高でも陸上を続けていたが、ひょんなことから楕円(だえん)球と出会った。高3の春、バスケットボールの授業中に突然、ボールを持ったまま走りだした。「女子特有のボールに集まって、ごちゃごちゃしているが嫌で無意識のうちにボールを奪って走っていた」。ラグビーの起源とされる「ウェブ・エリス伝説」をほうふつとさせるような逸話だ。その光景を見た体育教諭でラグビー部コーチに競技転向を進められた。その時は関心がなかったが、全国高校総体の7種競技で6位入賞し、「やり切った」と達成感を得て陸上を引退。その数日後、16年リオデジャネイロ五輪で7人制男子代表が4位入賞した勇姿をテレビで目にして「めちゃくちゃ面白そう」と感じ、ルールも知らないラグビーにかじを切った。

17年1月に日本代表合宿に練習生として参加すると、その高い素質を評価された。172センチ、71キロの体格に七種競技で鍛えたパワーと50メートル6秒5のスピードが武器となり、才能は開花。18年1月に代表デビューを飾り、7月のW杯米国大会ではトライも決めた。18年ジャカルタ・アジア大会では優勝に大きく貢献した。五輪代表を目指すために、15人制ではなく7人制に専念する。

「これまで個人競技しかやってこなかったけれど、チームスポーツの素晴らしさが分かった。中学生の頃から『五輪に絶対に出たい』と言い続け、競技は変わったけど、五輪への強い思いは変わらない」

コロナ禍の影響で五輪延期が決まった直後は、都内の実家で何も考えられずにぼうぜんと日々を過ごした。チームから提示されたトレーニングメニューをなんとかこなすのが精いっぱい。代表合宿を年間200日以上してきた生活から一変した。4人姉妹の次女であり、家族とのたわいもない会話や父からダンベルと自転車型トレーニング器具をプレゼントされ、家族の支えが徐々に気持ちを前向きにさせた。

代表歴も4年目。今では中堅選手となり、日本代表の中心の1人へと成長した。競技を始めた時から記していた日記は10冊を超えた。日記を継続させるために「毎日最低3行」と決め、その日の出来事や印象的な言葉などを記している。リオ五輪では10位と結果を残すことができなかったサクラセブンズ。9カ月後の大舞台では「メダル獲得」を目標に掲げる。21歳の大器はラッキーカラーのオレンジ色のネイルを見つめて、こう言った。

「五輪が1年延期になり、各競技のアスリートはさまざまな思いや考えがあるはず。ただ、『私は私』。東京五輪はきっとこれまでにない特別な大会になるはず。アスリートの1人として、自分の夢に向かって真っすぐ進みたい」

日本女子ラグビー界のエースの挑戦は、まだ始まったばかりだ。

バドミントンニュース

福島由紀&広田彩花所属のブルビック、仲裁申し立て…国内最高峰S/Jリーグ参加認められず

福島由紀&広田彩花所属のブルビック、仲裁申し立て…国内最高峰S/Jリーグ参加認められず

 バドミントンで東京五輪女子ダブルス金メダル候補の福島由紀(27)、広田彩花(26)の所属する丸杉Bluvic(ブルビック)が、国内最高峰のS/Jリーグ参加を認められなかったのは不当だとし、日本協会が参加を認めるよう、日本スポーツ仲裁機構へ申し立てたことが29日、分かった。リーグは今季、コロナ禍で全日程が中止となり、次の開催は来年11月を予定している。

 ブルビックは、昨季1部リーグ4位だったアメリカンベイプ岐阜の運営会社が経営難となり、同じ岐阜に本社を置く丸杉が監督、スタッフ、全選手16人を引き受け、6月に設立。同社は既に別の女子チームを2部に持っており、リーグ委員会は6月27日に「1企業1チームが当たり前」と、ブルビックのリーグ参加を認めないことを全会一致で決めていた。

 ブルビック側はあくまで「(2つは)全く別のチームです」と強調。一方、日本協会関係者は「リーグの委員会には、仲裁の申し立てがあったことは伝える」とした上で、リーグ加入には実業団登録が必要で、1企業1チームが規定にも記されており「(参加を認めないことは)全会一致で決めたこと」と語った。報知新聞社

バドミントンニュース

女子セブンズ大竹風美子「UDN SPORTS」とマネジメント契約 香川、桃田ら所属

女子セブンズ大竹風美子「UDN SPORTS」とマネジメント契約 香川、桃田ら所属

 7人制ラグビー女子日本代表候補の大竹風美子(21=日体大)が、「UDN SPORTS」とマネジメント契約を締結した。29日に同社が発表した。大竹は中高時代は陸上競技を行い、中学時代は100メートル、200メートルの東京都大会優勝、東京高時代は七種競技で全国総体6位入賞を果たした。日体大入学後からラグビーに転向し、競技歴1年半で代表入りを果たした逸材。大学卒業後はプロとして競技に集中していく予定で、同社がサポートを担う。

 大竹は同社を通じ「私は、大学卒業後にプロラグビー選手となり、ラグビー界だけでなくスポーツ界を引っ張っていけるようなアスリートを目指したいと思っています。さまざまな競技のトップアスリートが多く在籍しているUDN SPORTSで、アスリートとしてだけでなく、人としても成長していく姿を、多くの方に応援していただけるとうれしいです」とコメントした。

 マネジメント会社「UDN SPORTS」はサッカーの香川真司や原口元気らをはじめ、バドミントンの桃田賢斗、陸上競技・短距離のサニブラウン・ハキームらが所属している。

バドミントンニュース

丸杉、仲裁申し立て S/Jリーグ加入認められず―バドミントン

引用元:時事通信 バドミントンの新設チーム、丸杉Bluvic(ブルビック)を運営する丸杉(岐阜市)は29日、国内リーグのS/Jリーグへの加入が認められなかったのは不当として、日本協会の決定取り消しを日本スポーツ仲裁機構に申し立てたことを明らかにした。同チームには女子ダブルスで東京五輪金メダル候補の福島由紀、広田彩花組が所属している。 丸杉Bluvicは今年、運営に行き詰まったアメリカンベイプ岐阜からチームごと移譲される形で新設。丸杉は既にS/Jリーグに加わる別のチームを持っていることから、日本協会は...
バドミントンニュース

72m投げられたら気持ちいいんだろうな…やり投界の癒し系・北口榛花が理想とする一投って?

72m投げられたら気持ちいいんだろうな…やり投界の癒し系・北口榛花が理想とする一投って?

 大学4年生だった昨年10月。日本陸上界のホープ、女子やり投の北口榛花は「北九州陸上カーニバル」の5投目で66m00cmの日本記録を樹立し、一躍脚光を浴びた。

【この記事の写真】やり投げ界の癒し系・北口榛花の高校時代ほか(全4枚)

 179cmという恵まれた体格。さらに幼い頃から続けてきたスポーツで培った肩の柔らかさやパワーは彼女の大きな魅力の1つだ。

 北口は旭川東高に入るまで陸上とは無縁の日々を過ごしていた。中学時代に同じ部活に所属していた先輩からの熱烈なラブコールで陸上部に入部し、1年生の終わりまで競泳と陸上の二刀流を貫いた。

 実は小学・中学時代にはバドミントン部にも入っていた。小学6年時には団体戦で全国大会に出場するほどの実力者で、2016年リオデジャネイロ五輪バドミントン代表の山口茜とも全国大会で対戦した経験があるという。

「向こうは同世代でも負けなしのスーパースターで、対戦したときはボロ負けでした(笑)。私は試合に負けると悔しくて泣いちゃうタイプだったんですけど、その試合だけは、“自分もよく頑張ったな”と清々しい気持ちだったことを憶えています」

“人見知り”の北口が求めた最高峰の技術

 やり投に転向し、五輪出場を目指す存在にまで成長した数年後、山口と対面したことがあった。ただ、北口も山口も人見知りの性格だからか、あまり話ができなかったと悔やむ。

「小学6年の時に全国大会で対戦したという話ができてうれしかったんですけど、なかなか打ち解けられないまま終わってしまって(笑)」

 そんな彼女が積極的な行動に出たのは、2018年11月。フィンランドで行われたやり投の国際講習会に参加し、やり投大国・チェコのジュニア世代で代表コーチを務めるセケラックコーチに最高峰の技術を学びたいと自ら志願したのだ。

まさかチェコに1人で来るとは

 実は2015年世界ユースで金メダルを獲得し、16年には当時の日本歴代2位も記録するなど、順調に成長していた北口だったが、その後の2年間は記録が伸び悩んでいた。

「このチャンスを逃してはいけないって思っていました。今の状態を脱出するには何かを変えなければいけなかった。当時(大学に)専門のコーチがいなくて、思い切って『見てもらえますか? 』とお願いしてみたんです。そしたら、コーチも『いいよ』と答えてくれて。でも、後々聞いた話によると、コーチは本当に私が1人でチェコに来るとは思っていなかったらしいですけど(笑)」

 セケラック氏の指導の下、トレーニングに励んだ北口は下半身の使い方を改善し、課題だった助走のスピードも向上した。特徴の1つでもある腕の振り切りがより生かされる投げ方を身につけ、それが66m00cmの日本記録にもつながった。次ページは:春から助走歩数を変更

1
/3ページ
バドミントンニュース

広島・森下暢仁が防御率2.04、QS率76.47%の安定の投球で新人王へ!

広島・森下暢仁が防御率2.04、QS率76.47%の安定の投球で新人王へ!

いよいよシーズン大詰めのプロ野球ペナントレース。J SPORTS 1の「J SPORTS STADIUM2020」で主催試合がプレーボールからゲームセットまで生中継されている、広島東洋カープの戦いも最後まで目が離せない。そんな広島で注目されているのが今季入団したルーキー、森下暢仁の新人王争いだ。

■明治大学を日本一に導き、日米大学野球でもMVPを受賞!

大分県出身の森下はスポーツ一家に生まれ育った。父はソフトボールと剣道、母はバレーボール、姉はバドミントンに打ち込み、森下も小学3年から野球を始めた。弟も現在、國學院大學の野球部に所属している。地元の強豪・大分商業高校に進んだ森下は、1年夏に甲子園出場を決め、控え投手ながらベンチ入りを果たした。しかし、その後は甲子園の土を踏むことはできず、明治大学に進学し、1年春から神宮球場のマウンドに上がった。

キャプテンとなった4年春には東京六大学春季リーグで優勝、全国大学選手権でも準々決勝で完封、決勝で完投勝利を挙げ、最高殊勲選手賞に輝く活躍でチームを日本一に導いた。その夏の日米大学野球選手権でも3試合に登板して2勝、防御率1.20の好成績を残し、大会MVPを受賞している。そして迎えた昨年のドラフト会議で、佐々木朗希、奥川恭伸ら高校生が複数指名と人気を集める中、広島から単独1位で指名を受けた。プロ入りを決めて新調した森下のグローブには、それまで支えてくれた家族全員の名前の漢字1文字ずつが記されているという。

■8月は完封を含む3勝を挙げ、その後も安定したピッチング

開幕3戦目、6月21日の横浜DeNA戦に先発した森下は、7回を投げ、4安打無失点、8奪三振と好投するも、チームは逆転サヨナラ負けを喫し、プロデビュー戦を勝利で飾ることはできなかった。だが、2戦目の中日戦で8回まで無失点の力投を見せ、見事プロ初勝利をマーク。7月は一時コンディションを崩し、1軍登録を抹消されたものの、7月23日の阪神戦で先発ローテーションに復帰し、プロ入り初の2桁となる10三振を奪って快勝した。

8月は先発した4試合全てQS(クオリティスタート:先発投手が6回以上を投げて自責点3以内に抑えること)という安定感抜群の投球で3勝。8月14日の阪神戦では無四球でわずか2安打しか許さず、先発全員から12三振を奪い、2塁を踏ませない完璧な投球でプロ初完投を完封で飾った。9月は1勝にとどまったが、10月に入るとギアを上げ、東京ヤクルト戦に連勝。10月17日の中日戦では明治大学の先輩・柳裕也と投げ合い、後続の投手が打たれてチームは逆転負けしたものの、自身は7回を無四球1失点の好投を披露するなど、その後も安定したピッチングを続けている。

■ストライクゾーンを立体的の捉える抜群の制球力が武器

10月26日現在、9勝3敗、防御率2.04で、17試合中13回のQS率76.47%という安定感を誇り、巨人の戸郷翔征と激しい新人王争いを繰り広げている。森下の投球の生命線は150km台のストレートと、多彩な変化球の繊細なコントロールだ。大きく落ちる縦のカーブで上下のゾーンを使い、鋭く曲がるカットボールで横のゾーンを使う。さらにカーブやチェンジアップは、相手打者や試合状況によって落とす位置を変えている。前後の奥行きも使い、ストライクゾーンを平面ではなく立体的に捉える、ルーキーらしからぬ洗練されたピッチングを続けているのだ。森下が残りの試合でも安定した好投を続け、広島歴代10人目の新人王に輝けるか注目だ。

文=田口裕(エンターバンク)HOMINIS