2020-09

バドミントンニュース

五輪ボイコットを経験した父の言葉 フェンシング千田健太が高校生に伝えたエール

五輪ボイコットを経験した父の言葉 フェンシング千田健太が高校生に伝えたエール

 フェンシング元日本代表の千田健太さんが、8月21日に配信された「オンラインエール授業」に登場。「インハイ.tv」と全国高体連が「明日へのエールプロジェクト」の一環として展開する企画に登場した千田さんは、インターハイ中止という経験から前を向く全国のフェンシング部に向けて、経験の大切さと次に生きる思考について説いた。

 この「オンラインエール授業」は、インターハイ実施30競技の部活動に励む高校生とトップアスリートらが、「いまとこれから」をオンラインで話し合う企画。これまで、ボクシングの村田諒太、バドミントンの福島由紀と廣田彩花、卓球の水谷隼、サッカーの仲川輝人、佐々木則夫さんらが講師を務め、高校生たちが今、抱く想い、悩みに寄り添いながら、未来に向かって激励してきた。

 第25回の講師は、元フェンシング男子日本代表の千田健太さん。2006年にワールドカップ東京大会で個人銅メダル獲得後、数々の世界大会で活躍。2008年北京大会、2012年ロンドン大会とオリンピックは2大会連続出場を果たし、ロンドン大会では男子フルーレ団体で銀メダルを獲得した。現役は2016年に引退した。授業は、千田さんとフェンシングとの出会いを振り返るところから始まった。

 千田さんがフェンシングを始めたのは、中学1年の冬。それまでの夢は「サッカー選手」だったという。

「サッカーが好きだったが、なかなかうまくならない。何か新しいことに挑戦したいと思ったときに、たまたまフェンシングを見て、軽い気持ちで始めました」

「社交的な性格ではなく、人と話すのが苦手。街に出て遊んだ記憶もない」という気仙沼高(宮城)時代。フェンシングの練習に没頭し、毎日が自宅と学校の往復だった。当時の目標はインターハイ優勝。しかし、今振り返ると「優勝」を目指すことよりも、プレーする楽しさが勝っていたと話す。

「高校時代は、とにかくフェンシングが楽しかったし、面白かった。世界で戦う選手の映像を見ては、『カッコいいな』と思う技をチェック。居残り練習をしたり、帰宅後も剣を握ったりと、技ができるまで何回も繰り返し練習していた。優勝を目指すよりは、練習をやっていくなかで、技が上達していく楽しさが先行していたと思う。暇さえあれば、剣を握っていました」

 ここで、試合で剣を交える2人の選手の写真が、画面に映し出された。写真は千田さんが高3時に出場したインターハイ、団体戦決勝のワンシーン。一人は千田さん、そしてもう一人は平安高(京都)にいた太田雄貴さん(現日本フェンシング協会会長)だ。

「この試合は確か、両校3勝3敗で迎えた第7試合目。僕が4対4からの一本勝負で負けてしまった。運命を感じますね」

 当時、すでにスター選手だった太田さんとの試合に負け、その悔しさから大学でもフェンシングを続けることを決めた、という千田さん。2人が後に日本代表のチームメートとなり、2012年ロンドン大会で銀メダルを獲得することを考えると、まさに運命の一戦といえる。次ページは:自分に自信がない高校生へ「不安になるのは勝ちたいから」

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バドミントン日本代表が活動再開 3月以来、桃田も復帰

引用元:時事通信 バドミントン日本代表は1日、東京都北区の味の素ナショナルトレーニングセンターで今年度初めてとなる強化合宿を開始した。新型コロナウイルスの影響で3月から中断していた代表活動は、5カ月半ぶりに再開。1月に遠征先のマレーシアで交通事故に巻き込まれて重傷を負った男子シングルスの桃田賢斗(NTT東日本)も久々の復帰となった。 今回の合宿は10日間の日程で、1日は選手やスタッフに新型コロナのPCR検査を実施し、2日から練習に入る。3月中旬から中断されているバドミントンの主要国際大会は、国・地域...
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バースデーの桃田賢斗、7か月ぶりに代表合流…日本代表合宿が都内で開始

バースデーの桃田賢斗、7か月ぶりに代表合流…日本代表合宿が都内で開始

 バドミントンの日本代表は1日、都内の味の素トレセンで合宿を開始した。この日、26歳の誕生日を迎えた男子シングルス世界ランク1位の桃田賢斗(NTT東日本)も参加。今年1月の交通事故で負った右眼窩底骨折の手術を2月上旬に受けて以降、約7か月ぶりに代表合流を果たした。

 現在、新型コロナ禍で中断中の海外大会は、トマス&ユーバー杯(10月3日開幕、デンマーク)から再開される予定となっている。国・地域別の団体戦で争う男女世界一決定戦に向け、感染対策を万全にとりつつ状態を高めていく。報知新聞社

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引退のバドミントン高橋礼華 日本ユニシスを退社「とても幸せな現役生活だった」

引退のバドミントン高橋礼華 日本ユニシスを退社「とても幸せな現役生活だった」

 バドミントンの日本ユニシスは1日、女子ダブルスで16年リオデジャネイロ五輪で五輪金メダルを獲得し、現役引退した高橋礼華さん(30)が8月31日に退社したことを公式ホームページで発表した。

 松友美佐紀(28)との“タカマツペア”として、日本バドミントン界初の五輪金メダルを獲得するなど、数々の偉業を達成してきたが、先月19日に現役引退すると記者会見で発表していた。公式ホームページには「たくさんの方に応援いただき、とても幸せな現役生活だった」と感謝をつづった。

 日本ユニシスには09年に入社し、約11年半在籍した。「松友選手と共に頑張ってこれたことは私にとって最高の財産です。松友選手とでなければきっと金メダル獲得は成し遂げられなかったと思います」と充実感をにじませた。

 退社に伴い、チームメートからのコメントも寄せられた。松友は「先輩と一緒に過ごした時間は何ものにも代え難いものとなりました」と感謝。妹でシングルスの高橋沙也加(28)は「私がつらい時や悩んでいる時に話を聞いてくれてとても心強かったです。これからもお姉ちゃんらしくいてください」とエールを送った。

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「永遠にNo1ペア」リオ五輪金の“タカマツ”高橋礼華の引退に惜別メッセージ殺到「感動ありがとう」

「永遠にNo1ペア」リオ五輪金の“タカマツ”高橋礼華の引退に惜別メッセージ殺到「感動ありがとう」

 2016年、リオ五輪にて日本バドミントン界史上初の金メダルを獲得した「タカマツ」ペアの高橋礼華が、8月31日付けで引退した。高橋が、自身のインスタグラム(@ayataka419)で引退への想いを綴ると、多くのファンは惜別のメッセージを寄せた。

【画像】日本ユニシスのチームメイトとの集合写真&パートナー松友との2ショット

 文面に「ここまでバドミントンやってるなんて想像もしなかった。苦しいこと辛いこともたくさんあったけど幸せな現役生活でした。たくさんの人に支えられ、応援していただき感謝感謝です。これからもたくさんの方のに恩返しできるよう、頑張ります」とコメント。続けて「ユニシスありがとう。松友ありがとう。みんな大好き」と、感謝の言葉を綴り、2枚の写真とともに投稿した。

 1枚目は、高橋が所属していた日本ユニシス女子チーム12名での集合写真。そして2枚目は、高校時代から13年間苦楽を共にしたパートナー・松友美佐紀との2ショットである。高橋が、手にするケーキの乗ったプレートには「長い間ありがとう!お疲れさま」とメッセージが添えられている。

 同投稿をチェックしたファンからは

「本当に本当にお疲れ様でした」

「最高のプレー感動を本当にありがとうございました」

「貴女のプレーに何度も何度も元気をいただきました」

「タカマツペアのプレー一生忘れません」

「タカマツペアは永遠に私の中でナンバーワンの最強女子ダブルスペアです」

「寂しいです。でも晴れやかな引退の笑顔が見られて幸せでもあります」

「礼華さんの第二のステージも応援します」

 などと、惜別や労いのコメントが数多く寄せられている。

構成●THE DIGEST編集部

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リオ金“タカマツ”松友、高橋さんへ惜別コメント「過ごした時間は何ものにも代え難い」

リオ金“タカマツ”松友、高橋さんへ惜別コメント「過ごした時間は何ものにも代え難い」

 日本ユニシスは1日、8月31日をもってバドミントン女子ダブルスで16年リオデジャネイロ五輪金メダリストで現役引退した高橋礼華さん(30)が退職したことを発表した。09年4月に同社に入社し、高校時代から組む松友美佐紀(28)と“タカマツ”ペアとして活躍。同社は「高橋選手の新たなステージでの活躍を祈念いたします」とした。

 高橋さんのコメントに加え、チームメート11選手からのコメントも発表された。今後は混合ダブルス中心に活動する元ペアの松友は「13年間ペアとして一緒に戦ってくれて、ありがとうございました。色々なことがありましたが、先輩と一緒に過ごした時間は、何ものにも代え難いものとなりました。これからの人生はまだまだ長いですが、先輩なら素晴らしい時間を過ごせると思います。今後の活躍を誰よりも応援しています!」と惜別メッセージを伝えた。

 女子シングルスで高橋さんの妹・沙也加(28)は「小さい頃から一緒にバドミントンをしてきて中学、高校は違う所だったけれど、社会人になってまた一緒のチームでやれるなんて思っていませんでした」とし「一緒のチームになり、私が辛い時や悩んでる時に話を聞いてくれてとても心強かったです。現役生活本当にお疲れ様でした。これからもお姉ちゃんらしくいてください」と思いをつづった。

 混合ダブルスで東京五輪出場を確実にしている東野有紗(24)は「タカマツさんに憧れてタカマツさんのようになりたいとずっと思ってました。こうして同じチームで練習でき、たくさんのことを教えていただき、とても幸せでした。今後の活動も頑張ってください!ありがとうございました!」とメッセージを寄せた。

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リオ金“タカマツ”高橋礼華さん、日本ユニシス退職 入社11年半「最高の財産」

リオ金“タカマツ”高橋礼華さん、日本ユニシス退職 入社11年半「最高の財産」

 日本ユニシスは1日、8月31日をもってバドミントン女子ダブルスで16年リオデジャネイロ五輪金メダリストで現役引退した高橋礼華さん(30)が退職したことを発表した。09年4月に同社に入社し、高校時代から組む松友美佐紀(28)と“タカマツ”ペアとして活躍。同社は「高橋選手の新たなステージでの活躍を祈念いたします」とした。

 高橋さんは同社を通じ「これまでたくさんの方に応援いただき、とても幸せな現役生活だったなと思い感謝しています。19歳で日本ユニシスに入社し11年になりますが、苦しいこと悔しいこともたくさんありました。それでもいろいろな方に支えていただき、松友選手と共に頑張ってこれたことは私にとって最高の財産です。日本ユニシスに入社していなければここまでこれなかったと思いますし、松友選手とでなければきっと金メダル獲得は成し遂げられなかったと思います」とコメント。「私自身も今までできなかったこと、私にしかできないことに色々チャレンジしながら頑張りたいと思います。本当に今までありがとうございました」と結んだ。

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リオ五輪女王の高橋礼華さんが日本ユニシス退社「とても幸せな現役生活」

リオ五輪女王の高橋礼華さんが日本ユニシス退社「とても幸せな現役生活」

 バドミントン実業団の日本ユニシスは1日、16年リオ五輪女子ダブルス金メダリストで、先月末で現役引退した高橋礼華さんが退社したことを発表した。高橋礼さんはチームの公式サイト上で「これまでたくさんの方に応援いただき、とても幸せな現役生活だったなと思い感謝しています。日本ユニシスに入社していなければここまでこれなかったと思いますし、松友選手とでなければきっと金メダル獲得は成し遂げられなかったと思います」と感謝を込めた。

 高橋礼さんは、リオ五輪金メダルから4年の節目となる先月19日に現役引退を表明。オンライン上での会見で「やり残したことはない。悔いはないし、応援してもらえて幸せな現役生活だった」と話していた。今後はジュニア世代の育成や、競技の普及など様々な活動を思い描いている。関係者によると、社員ではなくなるものの、何らかの形で日本ユニシスに関わる可能性もある。高橋礼さんは「これからも日本ユニシス実業団バドミントン部を1番に応援していきたいと思います」とした。報知新聞社

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リオ金メダリスト「タカマツ」の始まりは”手紙” 別の道を歩み始める2人…また手書きのラリーが始まるのを願いたい

リオ金メダリスト「タカマツ」の始まりは”手紙” 別の道を歩み始める2人…また手書きのラリーが始まるのを願いたい

 日本バドミントン史上初の金メダルを獲得したペアは、きょう9月1日から正式に別々の道を歩む。高橋礼華(30)と松友美佐紀(28)の「タカマツ」ペアは解消。引退を発表した高橋が8月31日に競技生活を終えた。

 出会いがあれば別れがある。別れがあるのは出会いがあったから。まだ、「タカマツ」が金メダリストではなかった6年前のインタビュー。「出会い」を聞いた時、アナログ記者の胸が優しい味のスープが胃に染み渡るようにほっこりした。彼女たちが最初につながったのがメールでもSNSでもなく手紙だったからだった。

 仙台市の聖ウルスラ学院英智高でペアを組む前の小学生時代。高橋は奈良県、1学年下の松友は徳島県にいた。初めて顔を合わせたのは全国大会だったという。

 高橋「携帯とか持っていなくて文通をしたね」

 松友「そうそう。はやってましたね。手紙とお土産を交換するの。先輩とはそこから始まったかも」

 ―お土産は何を交換した?

 「忘れちゃった(笑)」

 コート上と同じように息の合ったコンビプレーを披露した後、2人とも「でも、手紙はどこかにまだあるはず」と口をそろえたのを鮮明に覚えている。ラケットをペンに握り替え、バドミントン少女は目を輝かせて近況や練習方法などを書き込み、報告し合った。

 手書きのぬくもり。「いいじゃないか!」。記者は昭和の交換日記世代。すぐに文通経験を持つ平成生まれのペアのとりこになった。リオ五輪の時は担当外でテレビ観戦だったが、終盤5連続ポイントでの大逆転「金」にはしびれた。逆境に打ち勝つ姿は、中年のさび付いた心に息吹を吹き込み、熱をもたらした。

 日本の歴史を塗り替えた「タカマツ」。小学生の時に手紙を交わし、高校からペアを組んだ。金メダリストとなり、結成13年でついに別れの時がきた。そういえば、“夫婦円満”に通じる考えも以心伝心だった。

 「この人と頑張りたい」

 8月19日に開いた高橋の引退会見で見せた2人の涙。お互いに「この人と頑張りたい」という思いを最後まで貫いた美しい“結晶”だったように思う。ほっこりする出会いがあって、純粋な涙の別れがある。理想的な惜別。別々の道を歩み始めた2人が、また手紙を交換できる日が来るといいなぁ…と今はちょっぴり思う。